週末はどこに行っても人が多くて気が滅入る。のんびりと買い物をしようと家を出たが、のんびりなんてとてもじゃないができる状態ではなかった。
駅前のファッションビルは人がごった返し、気になっていた靴を試着しようとしても店員に声をかける隙もなかった。どこのカフェも並んでおり、ちょっと座って休憩したいだけでもどこのソファー同じく疲れ果てた人々で埋まっていた。
家で温かいものを飲みながら映画でも観よう。そう決めた。大通りを避けて、一本外れた道を歩く。大通りほどではないにしろ、路面店が立ち並ぶエリアはどこも賑わっている。ふと通りがかった店で目を惹くものがあった。思わず立ち止まる。確実に買うわけでもないし、店内に入って見るほどでもなあと迷っていると、後ろから声をかけられた。
「じゃん、ぐうぜーん」
五条くんは片手をあげて、すたすたとこちらに歩み寄ってくる。全身黒づくめの姿は、賑わう繁華街で人目を引いた。
一週間くらい前に五条くんから着信が入っていたのだが、連日立て込んでおり後でかけ直そうと思ってすっかり忘れてしまっていた。それを今、彼の姿を見て思い出した。
「ねえ、今暇? 僕、あそこのケーキ食べたい気分」
嫌味なくらい整った笑顔で、近くのカフェを指した五条くんに乾いた笑いをこぼす。
「今日はちょっと……」
「へえ、電話かける暇もないくらい忙しくしてるんだ?」
めちゃくちゃ根に持っている。
目の前の男がふーん、とかへえー、と繰り返しこちらをじろじろとこちらを見下げている。休日に一人でショッピングを楽しんでいる今の私は、五条くんから見たら暇人だろう。実際に特にあてもなくふらふらとしているだけだ。
連絡を怠っていたのはこちらが悪い。それをちくちくと咎めるような有無を言わさない様子に、仕方なしに五条くんの後をついていく。
連れられたカフェは、街角にひっそりと佇んでいた。賑わう大通りからも離れているせいか、並ぶこともなくすんなりテーブルへ案内された。
「ショートケーキかいちごタルトか迷う」
「どっちも頼めば?」
「そんな富豪みたいなことできない」
メニュー表と睨めっこしながら悩んでいる様子を見て、大富豪の五条くんはけらけらと声を上げて笑った。
「昔もさあ、いちごタルトかショートケーキで迷ってたことあったよね」
「ショートケーキはその店の味がわかるっていうじゃん。タルトもこの時期旬のいちごだし……。うーん、どっちにしよう」
「ふーん。あ、お願いしまーす」
まだ決めきっていないのに、五条くんは私の手からメニュー表を奪い取り店員を呼びつけた。あ、と声を上げる前もなく、注文は進められていく。
「……そんなに食べられる?」
「ほしいものは我慢する必要ないよね」
さすが、大富豪の発言である。
さほど待つこともなく運ばれてきたのは、五条くんが頼んだチョコレートケーキ、それに私が迷っていたいちごタルトにショートケーキだった。
「全部頼んでもよかったんだけどさー、がもったいないとか言うじゃん」
五条くんはカラトリーケースの小さめのフォーク取り出しながら、もう片方の手でフルーツタルトのお皿を私の前に寄越した。ショートケーキは半分こするらしい。ショートケーキの真ん中に、五条くんの一刺しが入る。彼の大きな手に収まると、もともと小さいフォークがさらに小さく見えた。
「いちごもらっていい?」
返事をする間もなく、五条くんが開けた大きな口にショートケーキのいちごは放り込まれた。半分をほとんど一口で食べきって、せっかくのケーキなのにと呆然とする。
「いちごはいいけど……。ちゃんと味わって食べてる?」
「味わってるよ。良いいちご使ってるね」
タルトにもふんだんに使われたいちごを一つ口に放り込んだ。酸っぱさよりも甘さがじんわりと口に広がり、たしかに美味しいいちごだ。旬の味を噛みしめて食べていたら、すでに自分のチョコレートケーキも感触した五条くんの手が伸び、タルトのいちごを奪っていく。
「食べすぎ!」
小さい子にやるみたいに五条くんの手をぺちっと叩くと、彼は不満げに唇を尖らせた。
五条くんの邪魔なく、タルトを食べ進める。砂糖を多量に混ぜ入れた紅茶をかき混ぜながら、五条くんは頬杖をつきながら尋ねてきた。
「はクリスマスどうすんの? 予定ないんだったらまた梢子たちと飲みに行く?」
「あ、クリスマスは予定あり」
「…………は?」
「クリスマス予定あります」
毎年、悲しいかな特に予定のないクリスマスは、予定のない皆で飲みに行くのが恒例だった。高専を離れて一般の社会人をしている私にもいまだに声をかけてくれる。ありがたいことだ。ただ、今年は違う。会社の後輩と約束があった。
「は? 誰? 男? 彼氏?」
「会社の後輩。食事に誘われてて」
「男かよ。クリスマスに食事の誘いって、あからさますぎだろ」
懐かしい昔ながらの口調に戻った五条くんに詰め寄られる。男の後輩といえど、別に付き合っているわけでもない。今年一番大きな企画でチームを組んで、世話になったのだ。仕事もできる良い子だったし、誘われて悪い気はしない。
「どこでメシ?」
「なんで?」
「僕も行く」
突拍子もない発言に何を言っているんだ、と五条くんを見れば、彼は至極真剣だった。
「こんな黒づくめの男ついてきたら怖がるじゃん」
「これくらいで怖がってたらの彼氏なんて無理だね。ていうかお前さあ、こんな顔のいい男がそばにいるのに他に男作ろうとしてるなんていい度胸してるね」
「怖いって」
不機嫌さを隠さない声色で、五条くんはまくしたてた。
「デートに五条くんついて来られたら一生彼氏できないんだけど」
「作んなくていいよ」
「いや、だってそろそろさ〜、あっ」
一番大きないちごは最後に食べようと残していたのに、無情にもそれはぽいっと五条くんの口に放り込まれた。わかりやすくぶすっと頬を膨らませて、クリスマスは家族と一緒に過ごすためのもので、男とデートするなんてことがいかに低俗かということを語っていたが、高専時代いろんなところで女遊びをしていた五条くんには言われたくない。最近海外出張に行ったと梢子から聞いていたから、もしかしたらそこで触発されたのかもしれない。
後日、めちゃくちゃ機嫌悪い五条というメッセージとともに梢子から恒例のクリスマス飲み会の写真が送られてきた。気になってその日の夜に電話をしたら、ワンコールで出たうえにちゃんと家に帰ったのか、何をしていたのかなど問い詰められ、お母さんみたいと言ったら余計に怒られた。
20241210
#1週間で2個書き隊のお題より