※社会人
二十代も半ばを過ぎると、周りの友人たちがやれ結婚だ出産だと続々と報告を上げ始める。仲間内で誰かが家庭に入ってしまえば今まで平日の夜や週末に昼間から集まれることだってめっきり減ってしまう。独身や恋人のいない同士で逆ナンや合コンだ! なんて騒ぐ年齢でもない。仕事だって中堅に位置づけられるほどにはなったが、キャリアを積みたいわけでもない。正直、私だって早く結婚報告の波に乗りたいのが本音のところだ。
「てかいい加減、いまの彼と結婚しないの?」
「しない! 彼のことは好きだけどまだ遊びたいしね」
平日の夜に捕まえられる数少ない友人を呼び出して、二人で行きつけの小洒落たバーでお酒を飲む。
彼女は高校時代からの友人であるが、美人でもあり可愛いくもあるその容姿で男にモテていた。今は決まった相手がいるようだが、最近までは取っ替え引っ替え。それに同時に付き合っていたこともあり、男性側からしたら魔性の女だったと思う。
「男もそのつもりだからいいの」と開き直る彼女はそれはそれでとても楽しそうだった。そんな風に開き直ることのできる彼女が羨ましいとも思ったが、私の性格上中途半端に遊んでも、ただ傷ついて虚しくなるだけだろうなと諦めている。
「週末ちょっと人多い飲み屋行けば一発よ」
「……こんなおばさんに声かけないでしょ」
「逆! 声かけるの!」
「無理」
友人のアドバイスを聞いてやはり私には難しいとため息を吐く。友人のように容姿端麗であれば、少しくらい年を食っていても捕まえられる男はいるだろう。
「じゃあ金曜か土曜の夜、の空いてる日教えて」
「う、うーん」
「絶対だよ! こんな年になったら出会いなんて自分から探しに行かなきゃないんだからね!」
「それはそう思うけど……」
「よし決まり!」
よくニュースで特集されていたりする流行りの婚活パーティーとかそういうもので必死に出会いを求めにいくのは正直あまり好きではないが、相手がいなくて心寂しいのも事実だ。些か強引な彼女とそんな約束をして、別の話題に変えてそれを肴にお酒を流し込んでいった。
*
週末、二人で繁華街へと繰り出した。といっても、若者の集まるような都心からは少し外れた落ち着いた駅だった。友人はよくここ等に飲みに来るらしく、人の多い通りをすたすたと歩き進めていく。
友人に連れられて入った店内は、すでに多くの人がいた。席はもう全て埋まっているらしく、スタンドになると言った店員に構わないと告げて店内へ入った。
そこは定番曲がジャズ調にアレンジされて店内に流れている。同世代らしき数人のグループで盛り上がっていたり一人静かに飲んでいる人もいて、年齢層はやや高めなようだ。
カウンターで好きなドリンクを注文して、壁伝いに設置されたスタンドテーブルに隙間を見つけてそれを置いた。二人でささやかに乾杯して辺りを見渡していると、一人の男性と目が合う。経験上こういう場所で目が合うと、変に絡まれたりして面倒くさいことになる。しまった、とすぐさま視線を逸らしたが心配していたようなことはなく、グラスに口をつけながらチラッと視線を戻すと店内の奥に向かう彼の後ろ姿が見えた。
「の気になる人いたら教えて」
「えっ」
「声かけるから!」
ひそひそと耳打ちする友人の言葉に頷く。が、しかし一目惚れをするタイプではないから正直困った。人の視線を掻い潜りながら、店内を観察するがやっぱり特にこれといってこの人だ! とはならないのが現実である。
適当にやろうと考えて、お酒を進めながら友人との会話を楽しんだ。つい数日前に会って尽きるほど話をしたはずなのに、まだまだ会話が溢れてくるのだから女というものはすごいと思う。
私たちは本来の目的も忘れて、二人の話に花を咲かせていた。
「あの〜、すんません。一緒に飲んでもいいッスか?」
背後からかけられた声に振り向くと、先程目の合った男性とその友人らしき男性が二人立っていた。あ、と口を開くと、その彼はペコリと小さく頭を下げた。
「いーよ!」
「え!」
「、向こうから来てくれたんだから乗っからなきゃダメでしょ」
声を潜めてそう言った友人は彼らに笑顔を向けつつも品定めをするような目で見ていた。さすが、経験豊富な彼女は高いコミュニケーション能力をフル活用させて、今初めて会ったばかりの彼らと打ち解けていた。どこから来たとかよくここに来るのかなんて話をする彼らの話を適当に相槌を打って聞いていた。
持っていたグラスが空になって、友人にアイコンタクトでカウンターに行くことを告げる。そっとその場を抜けて一人で歩いていると、後ろから腕を捕まれて振り返ると友人たちと話しているはずの男性がいた。
「俺も行きます」
「一人で大丈夫だけど」
「いいから」
そうして先を歩く彼についていくが、彼の持つグラスにはまだ半分以上残っている。不思議に思いつつも、一緒にカウンターまで向かった。
「何飲みますか?」
「うーん、同じのでいいかな」
カウンターの向こうの店員にそれを伝えて用意しておいたお金を差し出そうと手を出すと、横から伸びた手にそれを遮られてなぜか隣の彼が支払いをしていた。
「いや、いいよ。自分で買うし」
「いえ、大丈夫です」
「いや、大丈夫じゃなくて」
そんな風にお互い言い合って、譲らない彼に埒が明かずに結局私が折れた。今回は仕方ないとありがとうと伝えると、「気にしないでください」と彼は笑った。その彼は背が高くて、二十センチ近くはある身長差から見下ろされて思わずドキリとした。学生にしては落ち着きすぎているし、社会人というにもどこか違う気もする。じっと視線を向けていると、前を向いていたはずの彼に「何ですか」なんて言われて慌てて視線を外した。
「……いくつくらいかなーと思って」
「23です」
「あー、若い」
「そんな変わらないでしょ」
「変わるよー。私たちアラサーだもん」
「別に気にしませんけど」
カウンターから先程の位置に戻るまでの間、彼のことを聞いた。名前は京治くんで、大学院生らしい。
その肩書きに納得した。頭良さそうだね、なんて頭の悪そうな私の言葉にも「よくわからないですけど、普通です」と真面目に答えてくれた。
店内は時間が経つにつれて人が増えて、歩き進めるのも精一杯だった。人の波を掻き分けながら、京治くんに手を引かれてなんとか友人たちの元に辿り着いた。
「あ、!」
「ごめん、お待たせ」
「二人で抜けたのかと思った」
「ぬ、抜けないから!」
にやにやと私と京治くんを見る友人は、いい感じに酔いが回っているようだ。
残っていた二人はお互いのスマートフォンを取り出していて、連絡先を交換したのだという。へぇと声を洩らしながら、さすがだと内心素直に感心した。
四人で当たり障りのない話で盛り上がり、とても楽しい時間を過ごした。あからさまにナンパ目当ての人たちもたくさんいるが、自然にこうやって話せるのはありがたいし、とても楽だった。
友人の終電が近づいて、そろそろと帰り支度を始める。彼らも同様でお店から最寄りの駅まで四人で並んで帰った。友人と京治くんの連れの男性は二人してふらふらと歩いていて、私と京治くんははらはらとしながらその様子を見守っていた。街には同じような人たちがたくさんいて、数人のグループが大声で笑い合っていたりカップルもちらほらと目に入る。そういう人たちを見ながら、若いなぁなんて沁々と思ってしまう。
「じゃあまたご飯行きましょう!」
「はーい」
別れ際にお互い握手なんかして、京治くんの相方が元気よく声をあげる。それに友人が適当に返事を返して、私たちは分かれた。
ひらひらと手を降ると、また会ったときと同じように京治くんが小さく頭を下げた。そんな彼を見ながら、きっともう会うことはないんだろうなと考えた。
「いい子たちでよかったね」
「お、良かった。も楽しそうで安心したわ」
「うん、楽しかった」
と京治くんいいじゃん、なんて笑って調子よく言う友人に曖昧に笑い返す。
確かに楽しかったが、やはり私たちの年齢からすると学生は若いと感じてしまう。あの場所で、あの時間だけ楽しければそれでもう満足だった。
出会いを見つけるという本来の目的は薄れていた。
「まだ飲み足りないー」という友人に同意して、私たちはそのまま友人の家で飲み直すことにした。話す内容なんていくらでもあるのだ。 冬の冷たい風が、アルコールで火照る身体を心地よく撫でた。
20160129