「おかえりなさい」


『ピンポーン』
 彼が帰宅したことを知らせるインターホンが鳴る。自分の家なのだから自由に入ればいいのに、それを伝えると「そういうわけにはいきません」と毎回鳴らしてくれていた。律儀な人だと思う。 
「おかえりなさい」
「ただいま」
 少しの疲労感を漂わせ、呆れた表情を隠しもしないスーツに身を包まれたこの人は赤葦京冶くん、この家の主人だ。
「……まさかとは思いますけど、俺が家を出た時から動いてないなんてことはないですよね?」
「……そんなこと」
「目が泳いでますけど?」
「トイレには起きました!」
 1LDKのリビングには1人暮らしには大きめのソファーがひとつあり、そこにちょうど納まる形で寝転がっていた私を見て彼は盛大にため息をついた。
 手元には携帯ゲーム機。そう、つい最近発売したばかりのRPGを進めていたら時間なんてあっという間にすぎ、朝から晩までぶっ通しでゲームをしてしまったのだ。
「えへ」
「……仕事探すんじゃなかったんですか」
「そうなんだけど〜……」
 スーツから部屋着に着替え終えた彼は蔑むような視線を隠しもせずに私に一瞥をくれた。
 私と赤葦くんは恋仲ではない。古い友人――赤葦くんとも共通の知り合い――の紹介で知り合い、とある事情で現在職のない私のお世話を焼いてくれているのだ。
「……まったく」
 ハァ、と本日2回目のため息を吐きながらソファーに腰を下ろす赤葦くんのため、身体を起こして座り直す。
「夕飯は済ませたんですか?」
「アッ、まだ……」
 そういえば、朝からゲームに夢中で何も食べていないのだった。仕事もせず家で1日中ゲームばかりしていた私と、片やお金を稼ぐために1日中仕事をして、定時もとうに過ぎたこんな時間に帰宅した彼。
 ハッとしたが、私よりも先にそれに気付いた察しの良い彼に先越されてしまった。
「いいですよ。今日はコンビニにでも行きましょう」
「いや、でも……」
「今から作っても遅くなっちゃうでしょう。お腹がすきました」
 きっと疲れているだろう仕事帰りの彼を思うと申し訳なさでいっぱいになった。惰性的に今日を過ごしてしまった自分を反省し、ごめんと謝ると今晩のご飯代を私が支払うことで許された。1日中何も入れてないお腹が空腹を知らせるように鳴っる。

「赤葦くんって、なんだかんだ私に甘いよね?」
「自分で言うんですか」
「うん」
 少し歩いた先にあるコンビニエンスストアまでの街灯に照らされながら、二人並んで歩く。学生時代、バレーボールをしていた赤葦くんは男性の平均身長よりも少し高く、この暗がりのせいで私からは表情が見えにくい。湿気で少しべたつく空気の中、涼しい風が流れて夏の夜を感じた。
 コンビニにつくと、空調の冷たい風が肌にあたり気持ちが良い。ぶらぶらとお弁当やお惣菜コーナーを二人で覗いた。赤葦くんがいつも買わないような少し値の張るお弁当を手に取った時は隠れてお財布の中身を確認した。彼は意外と容赦がない。
「私がいたら赤葦くん彼女できないね」
「困るので早く自立してください」
「あはは」
 高身長、見た目も申し分なく、さらに都内の大手商社で働く彼はきっとモテるはずなのになかなか彼女ができないらしい。どうも、面倒見が良い彼は男女問わず手のかかる友人が多いことが問題のようだ。
 家に帰った後、赤葦くんがお風呂に入っている間に冷蔵庫にコンビニにしては少し高級なプリンが2つ並んで置いてあるのを見つけた。
 やはり彼は私に甘い。

20150725