恋人がかっこよすぎて困る場合の解決策
それは休日、彼と街で買い物をしている日のことだった。
私の買い物に付き合ってもらい、気になったワンピースを試着している間にそのショップの店員に口説かれていた。彼はそれを意にも介さず「ありがとう」なんて普通にお礼を言うので、店員たちは頬を染めていた。
その後も隙あらば「あらやだ、いい男」と色仕掛けを仕掛けてくるマダムや、番号の書かれたカードを渡す若者に私は呆然とする他なかった。
赤井さんがいい男だなんて出会った頃から知っているし、周りがそう思っていることもわかってはいるのだけど、それでも。それにしても、モテすぎる彼を、心配に思うのは仕方のない状況だったと思う。
買い物を済ませ、どこかで夕食でもとるかと提案する赤井さんに、今日はもうまっすぐ家に帰るのだと言って私はそそくさと彼の車に乗り込んだ。
「……家に何か食料があったか?」
「残り物で私が作ります!」
とにかく早く帰らなければ。私はその一心で、ハンドルを握る赤井さんに家路を急かすのだった。
冷蔵庫に残った野菜を鍋で適当に煮込んだ少し質素な夕食を神妙な顔で口に運ぶ。
ちらりと見た先の赤井さんはぺろりとそれを平らげて、すでにノートパソコンを開いて何かを見ているようだった。
目つきが悪いと言われることもあるが、伏し目がちのグリーンの瞳は色気がある。すっと筋の通った鼻も薄い唇も、いい男と言って間違いないだろう。
外見だけならまだしも、礼儀正しくてクールでダンディで、そしてFBIに所属ときた。これでモテないわけがない。
こんなハイスペックイケメン男性が、私の恋人だということも信じがたい。いや、これは現実ではないと困るのだけど、赤井さんがこんな平々凡々の私と付き合うことに気が向いてくれたことに感謝しかない。
私が赤井さんを好きになって、たまたま赤井さんと都合が合ってよく会うようになり、たまたま赤井さんに恋人がいなかったから付き合えたようなものだ。奇跡でしかない。
つまりは、もし赤井さん好みのとんでもない美女が現れたり、赤井さんが私に愛想をつかすようなことがあれば、いつ飽きられ、捨てられてもおかしくない状況なのだ。
赤井さんは私に対してとても優しいし、きっと大切にしてくれていることは感じるのだけど、今日みたいにあんなに女性に声をかけられる赤井さんを見ては、嫉妬や焦り、不安の塊になってしまうのも仕方がないと思うのだ。
「……あの、赤井さん!」
「どうしたんだ。急に」
「急じゃありません! ずっと、ずっと思ってたんですけど……」
「うん?」
突然立ち上がって声をあげた私に、赤井さんはパソコンの画面から視線を上げた。
「赤井さんがモテすぎて心配です!」
「…………」
「……なんで黙るんですか」
「……いや。君はいつも突然突拍子もないことを言うな」
「ずっと思ってたって言ったじゃないですか」
「そうか」
私の少し震えた声に、洞察力の高い赤井さんは気づいたようだった。開いたばかりのパソコンのカバーを閉じて、ゆっくりとこちらに向き直る。
じっと向けられた視線に、ごくりと息を呑む。ああ、やっぱりかっこいい。周りがいい男だというのも頷ける。完全同意。むしろ見る目があると褒めて周りたいくらいだ。
ぐっと黙った私に、赤井さんの手が伸びた。
「まあ少し落ち着け」
「こ、これが落ち着いていられますか……!」
促されるままにソファーに腰を下ろす。
「わかった。君の話を聞こう」
「……はい」
背中に当てられた赤井さんは手は温かくて、息巻いた私の胸をほっと落ち着かせた。
小さく深呼吸をして、ゆっくりと口を開くと、こんなバカみたいな話に真剣に耳を傾けてくれる彼が愛おしい。好きすぎてどうにかなる。助けてください。
「……つまり、」
「はい」
「君は、俺が他に目がいくんじゃないかと心配だと言うんだな?」
「はい……」
「ほぉー……」
「だって、赤井さんみたいな人が私と一緒にいてくれることだってなんかもう信じられないっていうか。今日の人だって、みんな綺麗な人ばっかりで……」
赤井さんの方を真っ向から見ることができずに、足の上で重ねた両手に視線を落としていた。
赤井さんのことを繋ぎとめていたいと思うことが子どもじみた考えだということもわかっている。大人の余裕を見せられたなら、何も言わずに彼のそばで支えられるような女性が理想だと思う。こんなちんちくりんが赤井さんの隣にいなければ「あら、シュウ。だいぶ趣味が変わったのね?」なんて彼の同僚たちに言われることもないのだ。なんだか悲しくなってきた気持ちを耐えるように、ぎゅっと両手を握りしめた。
「…………」
「あ、すみません……。一人でずっと喋っちゃって」
ハッと、黙ったままの赤井さんに気づいて顔を上げる。
「あ、赤井さん……?」
「どうやら、俺は信用が足りないらしいな」
「え?」
「信用していないということだろう」
「え、あの、そういうつもりじゃ……」
「悲しいな……。俺の君への気持ちが全く伝わっていないとは」
やれやれ、とやや大げさなジェスチャーをつけて、赤井さんは頭を振った。
なぜか責められているように感じてしまうのは気のせいだろうか。
ぐっとソファーの上で距離を縮めた赤井さんの腕が、いつの間にか腰に回っていた。
「あ、赤井さ……」
近づいた赤井さんから、彼のお気に入りの煙草の香りがふわりと鼻をかすめる。
赤井さんの強い瞳に見つめられて、体温と香りを感じるだけで、ぎゅっと胸の奥底が締め付けられるように甘く音を立てる。
ドキドキと脈打つスピードが速まったのを、赤井さんは気づいているのだろう。
「あの、」
「、いいから少し黙れ」
いつもより少し低く、甘く響く声で諭されれば、私は開いた口を引き結んで赤井さんのシャツに手を伸ばす。
それが合図だとでも言うように、落とされたキスは微かに煙草の苦味を残していた。
*
「……ずるいです! なんか言いくるめられた気がします……」
シーツに包まって気怠い身体を休めながら、隣で煙草を燻らせる赤井さんを睨みつけた。
彼はゆっくりと紫煙を吐き出すと、「よくわかっただろう」と口角を上げた。
火照った肌が、カッとさらに熱を上げるのを感じた。
ちゃんと赤井さんは私を好いてくれているらしいということはよくわかった。本当に、身をもってよくわかった。
でもやっぱり、こんなにかっこいい人を外に出歩かせていたら、赤井さんに惚れてしまう女性も増えるわけで。赤井さんが興味がなくてもダメなのだ。天然な彼のことだ。知らないうちに女性をその気にさせて……なんてことがあるかもしれないし、それは実際に過去に何度かあった。
「赤井さんが引きこもりニートだったらよかったのに……」
「それは、楽しくなさそうだな……」
「私が養います!」
「ほぉー」
見当違いなことを考える私をお見通しな赤井さんは、喉の奥で笑いながらその大きな手で頭に触れる。
「のそういうところが飽きないな」
「……これからも飽きられないように頑張ります!」
「ほどほどにな」
優しげに目を細めてこちらを見る赤井さんにたまらず飛びつくと、驚きながらもしっかりと受け止めてくれた。
ああ、もう。好きすぎてどうにかなりそうだ。
20180408