岩泉と進展したい 01

 交際中の男女が六、七畳ほどの部屋に二人きり。付き合い始めて早数ヵ月。下心などなくても思春期の男女ともなれば、これは何かあるかもしれないと期待してしまうというものだ。
 は、少し離れた位置に胡坐をかいて座り、バレーの雑誌をめくる自分の恋人にちらりと視線を向けた。その視線を本人に気づかれないように、返す必要のないメールを開いたり閉じたりと落ち着きなく指を動かしていた。 初めて恋人の家に訪問したは妙な緊張感を漂わせていた。
 先日、次の休みつまり今日、岩泉が丸々一日オフだというので、一緒に遊ぶことになった。しかし、当日の天気予報は生憎の雨。雨の中外に遊びに行くのも億劫であるし、少し行けば悪天でも楽しめる大型ショッピングセンターなどもあるがお金を使ってしまうため金欠気味のには候補外だ。デート先に悩んだはうんうんと首を捻り、それに痺れを切らせた岩泉の「んじゃウチで」という一言により、今日、は岩泉の部屋に上がっていた。
 岩泉はの存在など全く気にしない様子で、手元の雑誌に視線を落としていた。そんな岩泉の様子を見て、はいよいよ自分はいてもいなくても変わらないのではと思い始めた。
  小学生の頃からそのまま使用されていると思われる学習机に、ベッド。いくつかの大きな図鑑や漫画、古い教科書などが並べられた本棚。時間だけが過ぎただけの部屋が岩泉らしいとは思う。
 がパタン、とわざと音を立てて折り畳んだ携帯に一瞬岩泉の意識がそちらへ向いた。しかし、視線はすぐに雑誌に戻る。 は起き上がり、岩泉母が用意してくれた麦茶の残りを飲み干した。
 そして、「帰ろっかな」と独り言のように呟いたの声にも反応はなく、岩泉は雑誌に目を落としたままだ。 もちろん、帰ろうかななどと思ってもいないし、実行に移すつもりもない。 が何もしないでいると、少し経ってようやく岩泉の顔が上がる。ちょうど読んでいた雑誌も最後の広告ページのところ読み終えたようで、岩泉は近くにその雑誌を放った。
「帰んのか?」
 今の今まで自分に全く見向きもしなかった視線を真っ直ぐに向けられて、は一瞬戸惑った。そして、すぐに岩泉を試すような先ほどの呟きを後悔した。部活に多忙な岩泉の貴重なオフを自分との時間に充ててくれたのだ。それだけでも十分ではないか。そう言い聞かせて、は首を振った。



「小学生か」
 翌日、は友人たちとくっつけた机を囲みながら昼休みの残り時間を過ごしていた。週の明けた昼休みは、その週末の話題になることは避けられない。岩泉と会うということを事前に伝えていたに話が振られるのも時間んお問題であった。紙パックの紅茶を啜りながら、当たり障りないように昨日の状況を説明すると、一人の友人から返ってきたのが冒頭の言葉である。
「彼女を家に呼ぶってことの意味わかってないよね〜」
「ないでしょ。岩泉でしょ」
 自分の恋人に対しての散々な言われようには苦々しい笑みを浮かべた。
 どうしても周りの友人たちの恋愛事情を耳に入れてしまうと、自分たちの付き合い方が稚いものに思えてしまう。お互いが付き合う初めての相手なので、そんなに急くことはないはずだ。しかし、だって年頃の女であるし、進展したいかそうでないかと言えば明らかに前者だった。
「部屋にえっちな本とかなかったの?」
「えっ……!?」
「岩泉持ってるかなあ? 最近はネットじゃない?」
「岩泉デジタル無理そう」
「わかる〜。素手で触ったら壊しそうだよね」
「何そのイメージ……」
 どうもの予想外に、自分の恋人に普通じゃないイメージがついているようだった。
「女に興味ないんじゃないの?」
「エッ」
「そしたらと付き合わないでしょ」
「そ、そうだよ!」
「そっかあ〜」
 思わず強く握ったの右手に掴んでいた紙パックが空気が飛び出す音がした。中身が入っていないことにほっとしては、友人たちに向き直った。
「落ち込むからそれ以上言わないで……!」
「はは。ごめん」
「でもさ、待ってたらずっと何もないよ」
 その言葉にはぐっと声を詰まらせる。友人の言うことは最もだ。部活中心で生活している岩泉と学校以外で会うだけでも貴重な時間だと言うのに、この調子では卒業するまで何も進展しない可能性も大いにある。
「……何もなかったらなかったでいいもん」
「はあ? 本気で思ってんの?」
 二人の関係が進展しなくても一緒にいられたらそれで良い。前向きに考えようと思い直したに、友人の厳しい言葉が突き刺さる。
 正直、は自信のある方ではない。岩泉が関心を持ってくれないのは自分に問題があるのではないかと思うこともしばしばあった。
 好きだから一緒にいたい。誰よりも近くにいたい。好きだから触れたい。求め、同じように相手にも求めてほしいと思うのは普通のことだ。
 岩泉相手に自分と気持ちを期待するのは無謀なのだろうか。
 よくない考えに占拠されて、手持ち無沙汰のはすでに空になった紙パックを音を立てて吸い込んだ。
「――からいっちゃえばいーんじゃない?」
 友人のうちひとりが妙案だとでも言いたそうな声色で言う。
からチューとかしちゃえば?」
「えっ、む、無理!」
「だってー、いつまでも進展しないの嫌でしょ」
 そうすれば、岩泉だって嫌でも意識するでしょ。
 友人の考えはこうらしい。いい考えだと盛り上がる友人たちとは反対には思案顔を浮かべていた。
 向こうから求められなければこちらから主張すればいい。確かに、それが手っ取り早く自分の本意も伝えられるし、意識してもらうにはいい考えだと思う。ただ、果たしてそれが岩泉相手に通じるかどうかだ。はそれを心配しているのだ。
「まあ、失敗したら慰めてあげるわ」
 友人たちの無責任で心強い言葉には、小さく息をついた。
「……検討します」
「報告してね」
 彼女たちは、漫画やアニメであったならパチッと星が飛びそうなほどきれいにウインクをして見せる。
 は、自分の話題がこんな風にあげられているとは知らずクラスメイトの男子と楽しそうに話す自身の恋人を見つめた。
20160603