サイズの話

 お昼休み、なぜか岩泉のもとに集まってくるバレー部の面々はいつも通り騒がしい。
 朝練で顔を合わせ、放課後にも部活で顔を合わせるというのによく飽きないものだ。あの大きな図体で三人も席の周りを陣取るのにうんざりした様子の岩泉だが、それでも気の置けない仲間でありなかなか楽しそうに見えた。
!」
 その中にいる花巻に呼ばれて、ちょいちょいと手招きをされる。
 なんだなんだと立ち上がると、岩泉に「来なくていい!」と止められた。余計気になるじゃないかと好奇心でそばに寄ってみて、早々にそれを後悔することになる。
「……何読んでんの」
「ねえ、ちゃんはどの子がタイプ?」
 岩泉の机に広げられた雑誌を覗き込んで見ている男子四人。及川に尋ねられて同じようにそれを覗き込むと『君なら誰を選ぶ!? 魅惑のグラビア2016』という水着を着たモデルたちが並んでいる特集ページだった。
「なんで私に聞いた?」
「参考までに」
「意味わかんない」
 この席の持ち主である岩泉は何も言わないし、周りの席から椅子を拝借して座っている及川、花巻それに松川はニヤニヤとこちらを見ていて、思わず眉を寄せる。
 早々に自分の席に戻ろうとしたら、「まあまあ」と近くの空いた席から椅子を持ってきた花巻に宥められて、それに腰をかける。
「ちなみに俺のお気に入りは〜、マリンちゃん!」
「あ〜、マッキーっぽい。この顔でこの身体はえっちだもんねぇ」
「な」
「な、じゃないよ。私のいないところでそういう話してくれる?」
 高校三年生。
 思春期真っ盛りの健全な男子高校生であり、こういう話題には興味津々なのはわかるが、せめて女子のいないところでしてほしい。花巻と及川の「身体はいいけど性格悪そう」「胸があれば多少は許すわ」というばかみたいな会話が耳に入って呆れた。
「……男子っていつもこういう話してんの?」
「んー、たまにだな」
「ふうん」
 及川たちの会話には入らず、ただじっと雑誌のページを見つめる松川に尋ねた。松川はあまりこういう話題に乗っているイメージはなかったのだが、彼は少し考えたあと「俺はこの子かな」という言って大人っぽいスレンダーな女性を指さした。松川、お前もか。
「あー、松川好きそー」
「身長もちょうどいい」
「待って、ちょうどいいって何の?」
「わかるわかる。 あと水着の食い込み具合な」
「そんなとこも見てんの? 恐いんだけど」
 聞きたくもないグラビア談話はどんどんヒートアップしていく。
 ふと、先程から一言も発しない岩泉を不思議に思って「岩泉はこういうの興味ないの?」と聞くと、岩泉が口を開くより先に及川たちが反応した。
「岩ちゃんは〜、彼女のが一番なんだって〜」
、岩泉は現実を見てしまった寂しい男なんだよ」
「花巻それ悪口」
「うるぜーぞお前ら!」
 ニヤニヤと 下衆な笑みを浮かべて、及川と花巻がからかって岩泉を見た。岩泉が怒る様を「こわーい」と花巻が茶化して、それにまた岩泉が額に血筋を浮かべている。花巻が言う『現実』は残念ながら私のことなのだが、涼しい顔をしてそれを悪口だと言った松川もひどいと思う。
 ぎゃんぎゃんと騒ぐ四人に呆れつつも、正直、岩泉がこいつらに乗っかって好みのタイプを指されてもショックを受けてしまうから、岩泉が綺麗で可愛いナイスバティな雑誌のモデルよりも私を選んでくれたのが嬉しかった。及川の言うことだ、本当かどうかはわからないが。
「現実を見た結果……」
ちゃんかあ」
「何その可哀想なものを見る目つき! さっきから及川と花巻ひどくない?」
もいいところくらいあるよな」
「松川もさりげなく私に当たりきついからね」
 憐れみの目で私と岩泉を見比べる三人を睨み付けた。
「そこの三人は現実見た方がいいと思いまーす!」
 お返しとばかりに恋人のいない可哀想な三人組に忠告すると、悔しいことに彼らは口々に「俺四組の高橋さんといい感じ」「ファンの子にラブレターもらった」「俺もこの前告白されたな」となんてことのないように言うから思わず唇を噛んでしまう。
 こんなのでも強豪校のバレー部レギュラーである。運動神経良し、高身長。モテないなんてことはないのである。特に及川なんて、部活にもファンが押し掛ける始末である。
「悔しい……!」
「モテてごめん」
「イケメンでごめん」
 両手で手を合わせるポーズをして顔は申し訳なさそうな風を装っているが口が笑っている。
 すっかり調子に乗っている及川と花巻に、私は岩泉に助けを求めた。岩泉は呆れ顔で「どうでもいいから早く自分のクラス戻れ」とため息を吐く。休み時間は残り半分もない。
「あ、そういえばちゃんっていくつ?」
「は?」
「サイズ」
「ぶっ……!」
 及川の言葉に岩泉と二人して吹き出してしまった。突然自分に矛先を向けられて、内容が内容だけに思わず顔に熱が集まる。
は……うーん、Aだろ」
「はあ!? 」
ちゃんはAか〜」
「花巻も及川も失礼すぎ。Bだろ」
「怒るよ!? 悪いけど、Cのブラ使ってます〜!」
「は? Cもないだろ。絶対ない」
「ねぇ、岩ちゃんなら知ってるよね?」
「俺に聞くな! つか、知ってても言うかよ」
 言いたい放題のエロ三銃士に、立ち上がって抗議する。その間も視線を胸元に向けている三人に耐えきれず、思わず両腕を交差させてそこを隠す。
「ない胸を隠されてもな」
「花巻ぶっ飛ばす! 岩泉が!」
「岩泉がかよ」
 そういって笑う花巻に飛びかかろうとしたところを岩泉に「落ち着け」と手を引かれて、しぶしぶ椅子に座り直す。冬服のためブレザーの中にカーディガンを着込んで厚着にしているとは言っても、自分の胸に視線が集まっていると思うとなんとも気恥ずかしい。ぱたぱたと手で顔を扇いで、熱気を静めさせようと試みる。
 もういい加減この手の話は終わってほしい。そう思っていたのに、そうさせてくれないのが花巻という男だった。
、ちょっと胸張ってみて」
「は!? しないよ!」
「照れんなって」
「照れてない!」
 こうやって、と花巻は自分の背を反らせて胸をつき出すような姿勢にした。同級生にこんな公の場で胸のサイズなどというデリケートな話をされて、あげくセクハラまで受けている。恥ずかしさに顔を赤くすると松川に「こういうときは女出してくるのな」と言われて余計に顔が熱くなった。花巻もそれに対して「かわいい〜」と茶化してくるものだから、本当に頭が爆発しそうだ。
「……お前らいい加減にしとけよ」
「おっ、出た彼氏〜」
「ヒュウ、岩ちゃんかっこいい!」
「うるせークソ川ぶん殴んぞ!」
「なんで俺だけ!」
 私たちの口争いにしびれを切らしたのか岩泉が口を開いてみんなを牽制する。私は岩泉の後ろに隠れて、三人に向かってべーと舌を出した。
「後でめんどくせーからあんま弄んなよお前ら」
「ちょっと岩泉、めんどくせーってなに」
 味方に回ってくれるものとばっかり思っていたが、そうではなかったらしい。岩泉への言葉はスルーされて、ニヤニヤ顔のエロ三銃士に負けた気分だ。くそう!と唇を噛むとちょうど昼休み終了五分前のチャイムが鳴り響く。
「あーあ、時間切れ」
で遊ぶの楽しいのに」
「……もう早く帰って」
ちゃんってなんか楽だよねぇ。気遣わなくていいというか」
「わかる。俺らの中で女子、男子、って感じ」
「女子だけど、男子と同じくらい話しやすい」
「全然嬉しくない!」
 好き勝手なことを言い残して、三銃士はそれぞれの教室へ帰っていく。花巻は帰り際も視線をわたしの胸元に向けて、最後に鼻で笑っていった。次から花巻へのシュークリームの差し入れはなしだ。もう決めた。

 教室に残された岩泉に「あいつらひどい!」と泣きつけば、「の反応見て楽しんでんだろ」と言われた。その通りだと思う。岩泉と付き合えたのはとても嬉しかったが、三銃士までセットでついてくるなんて知らなかった。頬を膨らませて文句たらたらだ。
「おっぱいなくてごめんね」
「……おめーもそういうこと言わなくていいんだよ」
「だって……」
「別に気にしねーべ、そんなん」
「うそ!」
「ほんとだわ」
「三銃士があるにこしたことはないって言ったもん」
「三銃士?」
 どうがんばっても自分の手のひらすら有り余る自分の貧相な胸を思って肩を落とした。
 キーンコーンとチャイムが鳴り、昼休みが完全に終わったことを知らせる。ばたばたと他の生徒たちも教室へ戻ってきて、それぞれ自分の席につき、私も急いで自分の席へ戻った。
 授業中に震えたスマートフォンを机の下で隠れて確認すると、花巻から『岩泉が昔可愛いって言ってた女の子』というメッセージと共にそのタレントなのか女優なのか女の子の写真が添付されていた。
『え、巨乳なんですけど!?』
『岩泉に揉んでもらえば?(笑)』
『言えるか!』
『(笑)』
 岩泉は気にしないと言ってくれたが、花巻情報によると岩泉が過去好きと言った女の子は私とは比べ物にならないほどいいものを持っていたようだ。一気に自信のなくなった私は、この日からひたすら牛乳およびカルシウムを摂取することに決め、帰り道で岩泉に隠れてバストアップエクササイズの特集が組まれている雑誌を購入した。
 次の日から私の元に匿名で毎日パックの牛乳が届けられるようになって岩泉は不審がっていたが、犯人には検討がついていた。パックの牛乳をストローでちゅーちゅー吸いながら、口うるさいふざけた連中を思い浮かべる。
「三銃士、ムカつく!」
「だから三銃士ってなんだよ」
20160110